現住職のプロフィール

羽賀 孝行 Koko Haga

昭和56年9月、京都府舞鶴市に生を受ける。
地元の高校を卒業後、出家を志して仏教系大学に進学。
大学を卒業して後、京都府宮津市にある曹洞宗の修行道場「智源寺」の住職、高橋信善老師に師事して出家。
8年間の修行行脚の後、平成26年3月、安養寺の住職に請される。

・愛知学院大学 文学部 宗教学科卒業
・智源寺にて4年間の修行
・永平寺にて1年間の修行
・曹洞宗総合研究センター 教化研修部門 研修部修了


住職より

安養寺にて住職をつとめております羽賀孝行(はがこうこう)と申します。

仏道を志して以来、仏の教えを通して苦悩の中にある人々を助けていきたいという誓願のもと、今日まで歩んで参りました。しかし道はあまりにも険しい。

「どんなに修行を重ねても、心の迷いが離れてくれません。」
「歩み続けなさい。いつか必ずこぼれ落ちる時がくる。」

師匠との問答を胸に、今も修行の毎日です。
まだまだ浅学の身ではございますが、住職として皆様とのご縁を賜れますことを何より幸せに感じております。

生きとし生けるものたちが、みな平和でいられますように。
うんと幸せに生きていけますように。

どうぞご一緒に、精進を重ねて参りましょう。

住職 羽賀孝行 合掌


DSC_0014(2).JPG

安養寺の紹介



世界遺産「姫路城」で有名な兵庫県姫路市にある、曹洞宗のお寺です。1300年近い歴史があり、姫路でも随一の古刹です。坐禅会や法話会など、身近に仏教に触れることができるお寺として、今後成長していきたいと願っております。ぜひお気軽にお参り下さい。

宗 派
曹洞宗(そうとうしゅう)
山 号
西來山(せいらいさん)
寺 号
安養寺
草 創
天平9年(西暦737年)
御開山
然室尖廓大和尚(曹洞宗御開山)
開 基
桂林院殿月峰浄心大居士(曹洞宗開基)
御本尊
秘仏阿弥陀如来像





 安養寺は天平9年(西暦737年)聖武天皇の勅願により草創され、本尊阿弥陀如来は唐土天台山の霊木を行基菩薩が彫刻されたご尊像だと云われている。「一切衆生ことごとく皆成仏せしめ、極楽世界安養浄土へ導きたもう」とて、山号を西來山とし、寺号を安養寺とした。
 元享2年(西暦1322年)赤松入道圓心、小寺相模守頼季、大塩次郎範景らが志願して、京都建仁寺の開山千光国師の弟子、紫雲竺翁禅師を請して参禅の師とした。
 嘉吉元年(西暦1441年)赤松大膳太夫入道性具満祐が逆心したとき、山田乱入の兵火により当寺ことごとく焼失する。
 文明元年(西暦1467年)赤松従三位左京太夫政則が圓光国師に帰依して住職させ、百石百貫の寺領を寄附し、仏殿、方丈、客殿、庫裡、僧坊、鐘楼、浴室、大門の外、紫雲院、聖寿庵、東林坊、実際院、性印堂、朝陽軒、延福寺、鎮守末社、山王の社など建立して、由々しき大伽藍とした。
 天正5年(西暦1577年)羽柴筑前守秀吉が織田信長の命を受け御着城を攻めたとき、兵火により堂塔、僧坊ことごとく焼失す。本尊阿弥陀如来は猛火を逃れ、有徳の知識人堯山和尚が柴の庵を結び安置す。
 慶長5年(西暦1600年)姫路城主池田輝政公の長臣、荒尾志摩守隆重公によって再建され、五石永代寄附の御黒印下さる。また五輪の石塔を建立し、池田輝政公の歯一枚納めたもう。
 元和3年(西暦1617年)長尾和尚代に大門、石垣などを造営す。志摩守嵩就公より白銀50枚、御一門より白銀30枚の寄附を受く。
 元和5年(西暦1619年)姫路城主本多甲斐守が菩提寺をお所替となり、姫路景福寺十四世然室尖廓大和尚が曹洞宗ご開山となる。
 文政4年(西暦1821年)9月、西国三十三カ所観音霊場、大師堂、善光寺堂を建立す。印南郡三十三カ所観音霊場第十三番札所となる。